「〈西洋〉とは西にあるのではない。それは場所ではなく、ひとつの投企(プロジェクト)である。」―エデュアール・グリッサン『カリブ海序説』
(星埜守之・塚本昌則・中村隆之=訳、インスクリプト、2024、687p)
※本書は1989年初版刊行。引用は2024年版の日本語訳による。
薪窯の会は、やきものを通じて文化の脱中心化を志向し、既存の美術・工芸制度に依らないオルタナティブな関係を探る集まりです。フランス渡航を目指す企画は、一見、「脱中心化」という理念と矛盾するように映るかもしれません。しかし私たちが目指す場所は、近代芸術の都パリではなく、フランス中部にあるやきものの村、ラ・ボルヌ(La Borne)です。それは、地理的に西洋に含まれながら、グリッサンの言うプロジェクトとしての〈西洋〉から取りこぼされた場所なのです。
ラ・ボルヌとその周辺は、炻器土(grès)を薪窯で焼成する伝統的な陶産地でした。しかしフランスでは歴史的に磁器やファイアンスが高く評価され、土っぽい炻器は劣位に置かれてきました。それでも19世紀末以降、多くの作家が移住し、地元のやきものを継承しつつ、新たな窯を築きながら多様なやきものの制作を発展させてきました。その過程で折に触れて日本陶芸も参照され、1970年代以降は日本の窖窯や登り窯を参照してアレンジを加えた「アナガマ」「ノボリガマ」が数多く築かれています。つまりこの地域には、西洋美術史にほとんど記されてこなかった、日本陶磁受容のもうひとつの系譜が潜んでいるのです。 現在も多くの作家がこの地に拠点を置き、毎年秋の窯焚き大会、「Grands Feux」(グラン・フュ)などを通じて国際的な交流が続いています。電車もバスも通わない片田舎で、多様な窯と作り手が交差し続ける光景は、国際的な文化接触のもうひとつのかたちを映し出しています。 しかしその豊かな歴史と文化は、フランスでも日本でも十分に語られてきませんでした。また近年、現代美術と陶芸の「接近」に伴い、ラ・ボルヌが言及される機会は増えているものの、多くは現代アートの語彙による「発見」としての紹介に留まっています。私たちはそこで紡がれてきた交流を、やきものの言葉によって包括的に語り直そうとしています。それは忘れられたジャポニスムの傍流を辿り直し、日仏の相互理解をより深く更新する営みでもあります。 薪窯の会は、多様なバックグラウンドを持ち、多岐にわたる制作・活動に関わるメンバーで構成されています。この横断性に加え、2024年冬の「作業場訪問ツアー」を経て、薪や土といった素材、窯や工房の環境、ろくろや型などの技術との関わりを重視する視点を育んできました。制度的な区分を超えて、やきものの複合的な豊かさを拾い上げることが私たちの姿勢です。 また2025年6月に予備渡航を実施し、現地の若手作家マリー・ジェアン、ロバン・アペル、マチルド・デラスらと協働の基盤を築きました。彼らは日本の薪窯文化に強い関心を寄せ、新しい窯の築窯や地域に密着したレジデンスを計画しています。2026年の渡航企画は、文化接触の新しい局面に立ち会う場にもなるでしょう。 薪窯を手がかりに文化接触の歴史を読み替えると、従来の地政学的な文化地図とは異なる世界像が浮かび上がります。周縁化されたやきものを通して「プロジェクトとしての西洋」が描いた美術史の線を引き直すこと、それこそが薪窯の会の挑戦です。本企画は、忘れられた交流を可視化し、文化の脱中心化に向けて新しい回路を開く試みなのです。